独立行政法人 労働者健康安全機構 石川産業保健総合支援センター ishikawa

石川県における
定期健康診断の有所見率が
高い要因について
(継続)

調査研究統括 石川産業保健推進センター所長 河野 俊一
調査研究の分析地 石川産業保健推進センター相談員 城戸 照彦
石川産業保健推進センター相談員 鈴木 博
金沢医科大学公衆衛生学教授 中川 秀昭
金沢医科大学公衆衛生学講師 森河 裕子
研究協力者 金沢大学医学部保健学科講師 織田 初江
(財)石川県予防医学協会健康増進部長 廣川 渉
調査研究期間 平成11年8月~平成12年3月

はじめに

 労働基準監督署に報告される事業所における定期健康診断(以下、「健診」という。)の有所見者率で、石川県は例年、全国の上位に位置している。

 しかし、各事業所から報告される健診結果は、その判断基準がさまざまであり、有所見率を共通の指標として本県の労働者の健康問題の状況を判断し、その原因追及や疾患予防、健康の保持増進のための対策を進めることは難しいといえる。

 健康診断の本質は「労働の現場において、生体サンプルと環境サンプルをもって相互関係を評価判断するリスクヘッジコントロールである」*1)とする認識や、トータルヘルスケアの観点から、労働者を「心と身体の両面を含めた全人的健康(ホリスティックヘルス)を生涯時間(成長発達過程の若年から加齢による老化過程の中・高年)という時間軸と、生活空間(職場と地域生活)という空間軸の歴史性、風土性から構成されるトータルヘルス(総合健康)として把握」*2)するという考え方にたてば、労働者の健康診断の結果を、職場環境すなわち労働内容や地域生活の特徴と関連づけて評価診断していく必要性があると思われる。

 そのためには共通の判断基準により、労働内容や生活する地域によって出現する労働者の健康問題に違いがあるのかどうかを分析検討する必要があると考える。

 今回、太平洋側に位置し本県よりも都市化が進行しているK県の労働者の健診結果を用い、本県との比較検討を通して、石川県における労働者の健康問題の特徴とその影響要因を明らかにしようと試みた。

方法

(1)調査対象

 石川県下の健診機関で健診を行った122,195人及びK県の健診機関で健診を行った244,618人、あわせて366,813人の健診受診者を対象とした。

(2)調査方法

 両県の有所見率は、各健診項目ごとに同一判定区分にしたがって分類し算出した。

 分析は、検査項目別の両県の有所見率、平均値およびK県の有所見率を基準に間接法による年齢調整を行い標準化有所見比を算出(以下「標準化有所見比」という。)して行った。

 検討に用いた検査項目はBMI、赤血球数、血色素、ヘマトクリット、最高血圧、最低血圧、総コレステロール、中性脂肪、GOT、GPT、γ-GTPの11項目である。

 また、労働基準監督署(以下、「監督署」という。)別、事業所規模(以下、「規模」という。)別に検査項目ごとの標準化有所見比を比較した。

 事業所規模の分類は、対象者数がほぼ同数となるように区分し、1~9人、10~29人、30~49人、50~99人、100~299人、300~999人、1,000人以上の事業所とした。

 統計解析にはHALBAU-5 for windowsを用いた。

結果

1.検査項目別平均値・有所見率の状況

 赤血球数は男女とも総ての年齢階級で石川県の平均値がK県を上回っており、有所見率も総ての年齢階級で低くなっていた。また、血色素は男女とも総ての年齢階級で石川県の平均値が、K県を下回り、有所見率も総ての年齢階級で高くなっていた。

 最高血圧は男女とも総ての年齢階級で石川県の平均値はK県を上回り、有所見率も総ての年齢階級で高く、総コレステロールは男女とも総ての年齢階級で石川県の平均値はK県を下回り、有所見率も総ての年齢階級で低くなっていた。GOTは、男女とも総ての年齢階級でK県を上回り、男性の有所見率は総ての年齢懐旧でK県よりも高くなっていた。

 中性脂肪は、男性の場合、石川県の平均値はK県に比べて総ての年齢階級で低かったが、女性は20歳未満を除く総ての年齢階級でK県よりも高い平均値を示していた。

2.標準化有所見比の状況

 健診結果を同一の基準で判断すると仮定した場合、石川県の有所者総数(観察値)は306,632人であり、標準化した場合の有所見者総数(期待値)319,556人よりも少なかった。

 血色素、ヘマトクリットは標準化によって、有所見率が低くなった。

 男女全体で標準化有所見比が有意に高い健診項目は、血色素(標準化有所見比1.59)、最高血圧(標準化有所見比1.29)、最低血圧(標準化有所見比1.14)、GOT(標準化有所見比1.25)、GPT(標準化有所見比1.16)であり、これは男女別に検討しても同様の傾向であった。男性で高い傾向を示したものはヘマトクリット(標準化有所見比1.32)、女性で高い傾向を示したものは中性脂肪(標準化有所見比1.24)であった。

 BMI、赤血球数、ヘマトクリット、総コレステロール、中性脂肪、γ-GTPは、K県に比べて有意に低い傾向を示した。

3.労働基準監督署別状況

(1)監督署別に健診項目別の有所見比をみると、BMI、最高血圧、最低血圧は加賀地方から奥能登に向かうほど、有所見比が高くなる傾向が見られた。これは男女を問わず同様の傾向であった。

(2)総コレステロールの有所見比は金沢で最も高く、金沢から遠いほど低い傾向を示しており、男女とも同様な傾向がみられた。

(3)血色素、ヘマクリットの有所見比は金沢が最も低く、その周辺では高い傾向を示し、男女とも同様の傾向を示した。

(4)中性脂肪、GPTの有所見比は金沢市が最も低く、能登に高い傾向がみられた。これは男女とも同様の傾向であった。

(5)γ-GTPの有所見比は、加賀、穴水で高い傾向を示していた。また、γ-GTPの有所見比を男女別にみると、男性では奥能登(穴水)で高いのに対し、女性では加賀に高い傾向があった。

4.事業所規模別状況

(1)事業所の規模別に有所見状況をみると、血色素、ヘマトクリットは、事業所規模が100人未満でやや高く、100人以上で低くなる傾向がみられた。

(2)中性脂肪、GOT、γ-GTPは事業所規模が大きくなるにしたがって、有所見者の割合は低くなる傾向がみられた。

(3)総コレステロールは、事業所規模が大きくなるほど有所見の割合が多くなる傾向がみられた。また、血圧値は規模別では明らかな傾向はみられなかった。

考察

 K県を標準とした場合の石川県の有所見数(観察値)は標準化した有所見者数(期待値)よりも少なく、健診結果を同一の基準で判断すれば、今回の調査では石川県の有所見者が多いとは断言できないと思われた。

 K県に比べて標準化有所見比が石川県で有意に高い健診項目は、血色素、最高血圧、最低血圧、GOT,GPT値であり、これは男女とも同様の傾向を示しており、石川県の労働者の健康問題としてさらに原因追究の必要性が考えられた。

 標準化有所見比の健診項目の特徴をみると、血圧の有所見比は、監督署別状況から能登地区に高い傾向がみられたものの規模別では明らかな特徴は見られなかった。穴水や加賀の監督署管内は高齢化が進んだ地域であるが、標準化により年齢要因を調整しても穴水では有所見比が高く、また加賀では低くなり、男女とも同様の傾向を示すなど、地域的な影響要因の存在をうかがわせる。

 血色素、ヘマトクリットは、監督署別では金沢の有所見比が最も低く、規模別では事業所規模が100人以上の事業所で低くなっていた。

 石川県の中で、金沢労働基準監督署の管内は大規模な事業所が多い地域であり、労働条件の影響を予想させるが、地域環境、労働環境の両側面からさらに検討を要すると思われた。

 中性脂肪、GPT、γ-GTPの有所見比を監督署別でみると金沢が最も低く、中心部から遠ざかるほど高くなっており、また、事業所規模が大きくなるほど低くなっていた。このことは血色素、ヘマトクリットと同様、その地域を予測させる。小規模事業所における健診後の事後措置で、産業医、かかりつけ医と相談すると答えた事業所は5.5%であったとの報告*3)*4)や、石川県は医師や看護婦、衛生管理者という健診担当者の比率が低いという報告*5)もあり、影響要因についてさらに検討を必要とする。

 またγ-GTPは女性の場合、加賀で有所見比が高い傾向にあるが、加賀地域は温泉を中心とした観光地域であり労働内容の影響をうかがわせる。しかし、同様に温泉を中心とした観光地である和倉を含む七尾監督署管内での女性の有所見比は低い点などを考えると、中性脂肪、GPTとともに対象者の労働内容別に検討を進める必要があると思われる。

 総コレステロールは監督署別では金沢で最も高く、周辺地域に行くほど低くなる傾向があった。また規模別では、事業所規模が大きくなるほど有所見比が高くなっており、前述のとおり大規模な事業所が金沢監督署管内に多く分布していることを考えると都市化による生活習慣の影響とも、労働内容による影響とも考えられる。総コレステロールはBMIとの間に有意な相関があり、職種として事務職に総コレステロールの異常出現率が高い傾向があったとの報告*6)もあり、地域性、労働条件の両側面からさらに検討する必要がある。

まとめ

 K県を標準とした場合の石川県の有所者数(観察値)は標準化した有所見者数(期待値)よりも少なく、健診結果を同一の基準で判断すれば、今回の調査では、石川県の有所見者が多いと断言できないと思われた。

 しかし、標準化しても石川県に有所見比の高い健診項目があり、地域生活環境、労働環境、職場における健康管理体制の影響を予想させた。

 今後は、さらに業種別に健診の有所見状況との関係を分析していく必要がある。

おわりに

 事業所における職員の健康問題に関する調査の多くは、限られた事業所のみの健康問題であったり、特定の年齢層を対象とするものが大半を占めており、職域の健康問題を地域生活環境の視点から報告しているものはほとんど見られない。今回、多くの方々のご協力により、広く石川県全体の労働者の健康問題の一端に迫れたことは貴重であったと考える。

 今後この報告が、石川県の高有所見率の影響要因をさらに具体的に解き明かすために役立てられれば幸甚である。

 最後に本調査の実施にご協力いただいた関係各位に心よりお礼を申し上げます。

引用文献

*1)土屋健三郎監修;健康診断ストラテジー 産業医学推進研究会 1998

*2)高田勗;本誌の刊行にあたって-健康管理の科学的評価の視点より- 社団法人全国 労働衛生団体連合会編 これからの健康管理 社団法人全国労働衛生団体連合会 1985

*3)平田衛、他;小規模作業所における総合的健康管理に関する調査-1.労働衛生管理体制、意識とニーズ 第31回中小企業衛生問題研究会全国集会講演集 45-49 1997

*4)田淵武夫、他;小規模作業所における総合的健康管理に関する調査-2健康管理の実態- 第31回中小企業衛生問題研究会全国集会講演集 50-53 1997

*5)大森絹子、他;石川県の職域における各種健康診断の状況と課題 北陸公衛誌 26(1) 10-14 1999

*6)垂水公男;血圧、血清コレステロールと生活 労働環境要因との関係 日本公衆衛生 雑誌 36(7) 425-433 1989
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