独立行政法人 労働者健康安全機構 石川産業保健総合支援センター ishikawa

産業保健Q&A

産業医学

Q8
従業員数120人の営業販売系の事業所の嘱託産業医をしています。月に1~2回事業所を訪問し、健康相談などを行っています。春の定期健康診断で血圧が180/120とかなり高値の従業員(A氏、48歳、男性)がいました。これまでも高血圧は指摘されていましたが、今回特に上昇していました。健康診断結果は高血圧要治療として本人に通知しました。しかし、現在もなお未治療のようです。産業医面談に2度呼び出しましたが応じません。営業に出ているからとか、忙しくて時間がとれないといった理由です。どうしたらよいでしょうか。
A8

 こういうケースはどこの事業所においてもみられると思います。大変忙しいようで、なおのこと心配ですね。高血圧は私病であって、それを治療するかどうかは本人の意思次第と思われがちです。確かに、健康一般についての管理責任は労働者本人にあります。労働を提供し代価として賃金を得る以上は、ちゃんと働けるように健康に気をつけるのは当然です。一方で、雇用者には労働者に負う雇用契約上の安全配慮義務があります。労働者の生命と健康を保持するために、注意義務を尽くしながら就労させることが暗黙の契約となっています。この安全配慮 義務に違反して災害を被らせた場合には、債務不履行責任が生じます。これは特に労働災害に当てはめられますが、過労死や過労自殺についても適応されます。
 A氏の場合は、180/120と重症の高血圧であり、脳血管疾患や虚血性心疾患発症の高危険域にあり、早急な対応を必要とします。本人には健康診断結果の通知が行っており、何度も呼び出しを受けているのですから、治療が必要であることはある程度認識しているはずです。それでもなお面談に応じず受診もしていないとすれば、本人に切迫感がないだけではなく、本当に仕事が忙しくて時間がないのかもしれません。そうであれば、本人が面談に応じるのを待つだけの姿勢は、安全配慮義務違反といえます。
 今後とるべき対応としては、(1)まず、過重労働に該当する勤務実態がないかどうかを確認します。そのような実態がある場合はより緊急性が高くなります。もちろん職場に対しては業務の軽減を求めなければなりません。(2)もう一度産業医から本人に連絡をとります(いわば最期通牒的)。
 この時、今度も面談に応じてもらえない場合は、職場の上司など職制を通じた対応をとらざるを得ない旨を伝えます。(3)これにも応じない場合は、職制を通じた対応をとります。医療情報は特に守秘されるべき個人情報ですので、必要最低限の人を介して面談に結びつけ、早急に治療につなげなければなりません。
 ところで、忘れてならないのは、一連の対応についてきちんと記録に残しておくことです。万が一の時に何の記録も残っていなかったら、産業医は何もしなかったことになってしまいます。

(金沢医科大学 公衆衛生学教室助教授 森河裕子)

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