はじめに
製造業においては、今日でも、粉じんや有機溶剤等の有害因子が多数存在しており、その対策が依然としてして求められている。 労働衛生管理は、作業環境管理、作業管理、健康管理の3管理を有機的に組み合わせて相乗効果を生み出すことが求められているが、特に、有害業務では発生源対策である作業環境管理の比重が大きい。
作業環境管理の推進の一環として、「中小企業共同作業環境管理事業助成制度」が1981年から85年に実施された。 本助成制度の目的の1つは「中小企業における作業環境管理の定着により、有害因子に起因する職業性疾病の発生の防止に資すること」とされた。
石川県下においても、5年間に43事業所がこの助成制度を利用した。しかし、その後約20年を経過して、対象事業所の作業環境がどのように改善されたかは明らかにされていない。 本調査研究の目的は、上述の助成制度利用事業所の作業環境の推移を作業環境測定結果に基づいて明らかにし、今後他の事業所の作業環境改善に有用な情報を提供することである。
対象と方法
対象とした事業所は、1981年から85年に実施された「中小企業共同作業管理事業助成制度」を利用した石川県下の43事業所である。 2001年11月に、作業環境に関する質問票を配布した。さらに、作業環境測定の経年推移が把握可能であった7事業所について実際に訪問し、この間の経緯と現状について担当者より聞き取りをした。
結果
34事業所より回答があり、回収率は83%であった。回答事業所の当時の有害作業の環境測定対象物質は、粉じんのみが11事業所、有機溶剤のみが16事業所、双方とも対象になった事業所が7事業所であった。
この20年間に職場の作業環境改善がなされた事業所は、32回答事業所中28事業所(88%)であった。改善された有害業務の内訳は図1に示したとおりである。
環境測定物質として「粉じん」が対象となった18事業所では13事業所(72%)で作業改善がされ、「有機溶剤」が対象となった23事業所では15事業所(65%)で作業改善がされたと回答があった。
作業環境測定の実施主体については「すべて外部測定機関」が30事業所(91%)と大半を占めた。
以下に、訪問した7事業所から2事例を示す。
事例1:有機溶剤取扱い作業場(グラビア印刷)
作業環境診断結果(1984年当時):インク漕付近の有機溶剤の高濃度対策と全体換気の改善が必要。
作業環境の推移:1988年以降、印刷機も新機種が導入され、従来の様に作業者がユニット毎にフィルム速度の調整のために立っている状態は改善されている。
現状の作業環境に対する評価:1回の印刷に要する時間は40分程度(平均印刷速度120m/分)と短縮化された。 少量の印刷にも対応できるのが小規模での利点であるが、その都度インクパン内のインク交換を行う必要がある。また、インクがシリンダーのガラに吸着しやすいようにパン内のインクをかき混ぜる必要がある。 しかし、局所排気口は設置されているものの、サイド面からでは効果的に排気されず、ユニット前に立つとかなりの臭気がするのが現状である。
作業環境測定成績の推移:有機溶剤の測定は、トルエン,イソプロピルアルコール、酢酸エチルの3種類の混合物として1981年以降87年までは旧グラビア工場で実施された。工場が増築された1988年以降2000年までは第1、第2の2つのグラビア工場で実施されたが、A,B両測定のいずれも管理区分3であった。但し、第1グラビア工場は90年代前半に比べて後半では緩やかな減少傾向を示している。(図2)
今後の課題:有機溶剤の発生源対策では印刷機自体の構造についても印刷ローラーの交換を作業者の労働安全衛生を考慮した設計 (重量物取扱い作業と有機溶剤の至近距離での高濃度暴露の回避)にするようメーカー側と改善策を探る必要がある。
事例2:粉じん作業場(鋳物工場)
作業環境診断結果(1984年当時):局所排気・集じん設備の排気能力が不足し、設備の改善が必要。
作業環境の推移:溶解、造型、仕上の作業場は大きくは3棟からなっており、創業当時の棟も残っているが、1991年に増改築され、Vプロセスラインの導入により自動化が進んだ。
作業環境測定成績の推移:両頭グラインダー作業場は80年代にはA測定で1.5mg/m3を上回ることが2回ある。90年以降は91年にピークがあるが、 その後減衰し、ほぼ0.5mg/m3以下で推移している。B測定も91年に2.8mg/m3と最高値を記録して以降は低下し、大半が1mg/m3以下で推移していたが、2000年前期は2.1mg/m3と一旦上昇した。管理濃度は2.9mg/m3で、92年以降管理区分は1を継続している。(図3)
現状の作業環境に対する評価:Vプロセスラインでは型の上下をフィルムで覆ってあるため、砂の飛散が少なく工場全体としてクリーンな印象を受ける。バグフィルタの設置も適切であるが、 ばらし場ではかなりの砂が飛散している。砂中の遊離珪酸濃度が高いため、管理区分は経年的に見ても3がほとんどである。しかし、従事者は必ず直結型エアマスクを装着しており、マスクなどの保護具の装着はこのラインでは徹底されているとのことであり、 作業管理には十分な対策がなされている。ルーフファンは作動させるとフィルムが不安定になるため動かされていなかった。
今後の課題:Vプロでの集塵対策の強化が必要である。
まとめ
粉じんや有機溶剤に対する作業環境改善は、多くの事業所では新築・増改築の際に生産設備の更新と共に実施している。但し、事前に十分な検討がなされていないと、有効に機能しないこともあり得る。 そのようなことを未然に防ぐためにも、日頃から衛生管理者をはじめとした産業医療スタッフが職場の声を良く聞き、作業環境改善の提案を積み重ねておく必要があろう。その意見が企業のトップにも理解されて始めて予算的裏付けが取れ、実現に至るわけであるが、 ユーザーとしての企業努力と共に、メーカー側への労働衛生管理の視点での改善要請を実行していくことも企業の使命であろう。